2018年10月7日(日)
エニアグラムをめぐる随想 その2 自分自身に至る道
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自分のタイプを探す
この本の中に私がいる!


 リソの本を本棚に戻して帰ったあと、その本のことがずっと気になり続けました。『性格のタイプ』(UNDERSTANDING THE ENNEAGRAM)-その本のなかには、これまで探していたけれど、見つからなかった何かがあるように感じました。

 翌日、筆者は再び大盛堂に出かけ、その本を買って帰りました。その日は書店の年末最後の営業日でした。大晦日から年が明けて、『性格のタイプ』に没頭し、その分厚い本を読んでしまったのですが、読後にはこのエニアグラムというものについて、もっと知りたいという気持ちになっていました。

 ⇒性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

 訳者のあとがきには、エニアグラムを学び始めた人たちの会があり、定期的にワークショップを開催しているという情報が載っていました。「ワークショップ」というものが、どんなものかはよくわからなかったのですが、まずは説明会があるというので、正月休み明け早々、参加申込をしました。

 夜間の説明会は、リソの本の邦訳を出している出版社の会議室で行われていました。参加者はそれほど多くなく、数人だったように記憶しています。

 2時間の説明会ではチェックリストが用意され、当てはまる設問項目にチェックを入れていくことで、自分がどのタイプかを調べるというものでした。

 その時の質問項目は、たしかリソの本からではなく、カトリックグループの著者たちによる本の邦訳からもってきたものだったと記憶しています。カトリックグループの著者の本が、リソの本より先に同じ出版社から邦訳が出されていたのです。

 長い設問項目に延々チェックを入れていく作業が終わり、そのあとの説明はまったく記憶してませんが、後々これが自分のタイプと気づくことになったタイプとは、まったく違ったところに多くのチェックが入ってしまっていました。

 当時の質問項目は、翻訳文体そのままで、その質問項目から自分のタイプを見つけるのはむずかしかったと覆います。いまでも、チェック項目の羅列でタイプを判定していこうとすると、本来のその人のタイプとは違うところに行きつくことも多いです。

 なぜなら、文字情報での理解は、思考のプロセスを通じての解釈になるからです。それはつまり、頭で考えた自分の姿だったりするわけです。

 そのとき、筆者が自己診断で得たタイプは、タイプ5でした。リソの本を読み終わった段階では、タイプ4に共感を覚えました。ところが、自己探求を続けていくうち、どちらも本来の自分とは全く異なるタイプだということがわかってきます。

 いまでも、本を読んだり、Web上での自己診断のみでは、本来のエニアタイプとは異なるタイプを、自分のタイプとみなす人は多いと思います。そこにはその人の現在の状況や心理状態、役割意識などが反映している場合があります。いわば、ペルソナ的な部分です。

 もちろん、自己診断から、本来のタイプにたどり着く人もいるわけで、そうするとタイプに関する記述やアドバイス的な記述は大いに役立つでしょう。

 エニアグラムとは、こんなふうに言えるかもしれません。

 最初はぼうっと曇った鏡のようなものので、私たちはその鏡の前に立つと、そこに自分がいることに気づく。なんとなく自分の輪郭がわかるのだが、まだはっきりとは見えない部分も多い。顔の表情、体形、着ている服もまだよく見えていない。ほかの人と区別のつかないところもある。

 それが、エニアグラムの学びを深めていくと、次第に鏡の曇りがとれてきて、より鮮明に自分の姿が浮かび上がってくるようになる。すると、ぼうっと曇っていた鏡に映った自分を、こういうものだと思っていたのが、じつは思っていたところとは違っていたということに気付く場合もある。

 ⇒性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム ※増補改訂版

 自分の姿が次第に鮮明に映し出されるようになると、私たちは幾多の自分に対する思い込みや思い違いがあったことに気づくようになります。そして、自分のなかの感情的なとらわれや認識の誤りに気付き、自らの行動パターンや人とのかかわり方を修正しつつ、少しずつ本来の自分に近づいていきます。

 筆者は大学受験の手前で、ドイツの作家ヘルマン・ヘッセの『デーミアン』という小説に、深い感銘を受けました。『デーミアン』から受け取ったメッセージは、人生でもっとも大事なことは、「自分自身に至る道を見つけることである」というものでした。

 ⇒デーミアン  ※筆者はこの秋山英夫氏の訳がいちばん好きです。

 エニアグラムはまさにその道しるべとなるものだということに、若いころに導きを失い、道に迷い、すでに人生の途上で行き詰り、途方に暮れていた筆者は、気づくことになったのでした。