2020年6月3日(水)
エニアタイプと対象関係について
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9つのタイプと対象関係


自分とは何か。自己概念は関係性における概念です。

9つのタイプと対象関係について、
5月29日のオンラインサロンでお話ししたことを若干補足した内容になっています。

<エニアグラムのタイプ>
タイプ1:完全さを求める・完璧であろうとする・改革する
タイプ2:親密さを求める・愛情深い・人を助ける
タイプ3:価値を求める・成功を求める・目標達成する
タイプ4:個性を求める・自分自身でありたい・自己表現する
タイプ5:真理を求める・知りたい・有能でありたい・観察する
タイプ6:安心安全を求める・守られたい・忠実/慎重であろうとする
タイプ7:自由を求める・ハッピーでありたい・熱中する
タイプ8:力を求める・支配したい・挑戦する
タイプ9:平和を求める・つながっていたい・平和を作り出す

<愛着の対象との関係からみた共通グループ>

 エニアグラムの理論のなかに、20世紀の心理学・精神医学の領域で愛着理論をもとに発展してきた対象関係(object relation)が取り入られています。対象関係という用語はイギリスの学者ロナルド・フェアバーンによって初めて用いられたものです。対象関係について、詳しく知りたい方は、フェアバーンほか、メラニー・クライン、ドナルド・ウニコットらの理論と著書にあたってみてください。

 さて、対象関係の「対象」とは、愛着の対象のことです。幼児期の、きわめて初期ころの愛着の対象であり、それは母親との関係ということになります。ただ、対象関係は現実の母親がどうであったかということではなく、幼児の側からの内的な関係ということになります。

 生まれたばかりの赤ん坊は母親と一体化した状態にあり、やがて、この母親との一体化した状態からの分離を経験します。

 赤ちゃんにとって、母親は愛着の対象であり、赤ちゃん本人の経験として、「よい対象」との関係があります。それは、完全に満たされていて、安全で、何の不安もなく、満ち足りた状態です。必要なものはすべて与えられており、それを頼りにすることができる状態です。快適な寝床で温かい毛布に包まれ、十分なミルクを与えられて、居心地のいい状態、暖かい母親の腕に抱かれて満ち足りた状態をイメージしてみてください。赤ちゃんはずっとそうし続けることを期待します。そこに執着が生じます。

 しかし、赤ちゃんの欲求は妨げられることがあります。求めてもすぐには求めるものがもたらされない状態です。たとえば、おなかがすいてもミルクを与えられない、暑かったり、寒かったりして心地が悪い、泣いてもすぐにはあやしてもらえない。そうするうちに、ようやく、ミルクが与えられ、快適な状態に整えられて、要求が満たされる。けれども、それまでの間に、欲求が満たされない状態を経験したら、そこに欲求不満が生じます。

 さらに、欲求が満たされない状態が続き、泣いても泣いてもやあしてもらえず、ミルクも与えられず、快適な環境を整えてもらえなかった。つまり、放っておかれた。というような状態を経験すると、赤ちゃんはそのうち対象との関係を断ち切ってしまいます。そこに拒絶が生じます。

 誰でも、内的には、この三つの対象関係を経験していると考えられます。そのなかでも、エニアグラムの9つのタイプにおいて、この対象関係から見た場合の特徴的な傾向があるというのが、リソ&ハドソン師その他、アメリカのエニアグラム教師の間でも共通の考え方となっています。

 【執着・欲求不満・拒絶】

 対象関係は、執着・欲求不満・拒絶の三つです。

 この対象関係は、あらゆる対象との関係に影響していると考えられています。

 エニアグラムで対象関係から9つのタイプの特徴を理解することの重要性は、対象関係そのものは大人になってから人間関係にも影響している、影響しているというよりは、あらゆる人間関係の根底にあると考えられるからです。人間関係だけではなく、あらゆる対象との関係に作用していると考えた方がよさそうです。

 これらは内的な体験であり、実際の母親や母親に代わる養育者が、どうであったかという話の方向にもっていく話ではありません。


【執着のグループ】

【執着】:私たちの自我は何かに執着します。たとえば、モノや特定の生活習慣・恋人・結婚相手・子供に対してなど。愛情という名でカバーしているけれど、それはもしかしたら執着かもしれない。ということは大いにありうるでしょう。執着はその対象と結びついていることが当たり前と思う。自分が満たされていて当たり前と思うわけです。

 エニアグラムの9つのタイプはもちろん、どのタイプの人でもこういった執着はあるかもしれませんが、とくに執着のグループとしてあげられるのが、タイプ3・タイプ6・タイプ9です。

 タイプ3は自分が機能していること、とくに行動に執着します。自分の価値を認めてほしい、人に好かれたいという気持ちの強い人たちですが、表向き人とのつながりを大切にします。(表向きというのは、それが真のつながりを意味するかどうかは、別に検討しなければならないからです。)

 タイプ6は習慣的行動に執着します。これはこういうやりかたがあり、いつもこのようにするものだ。そうしないと、不安が生じます。不安定になります。いまある人間関係に執着します。仲間やグループ、ときに必ずしも、望ましいとは限らない関係にも執着し続けることがあります。それが依存になることもあるかもしれません。

 タイプ9は何事も変化のない状態に執着します。なんとなくいまのままで、それが快適と感じます。人間関係もいまのままの状態を続けようとするでしょう。

 執着の関係は、とくにタイプ6やタイプ9において、健全度が下がるにつれ、必ずしも望ましくない関係を維持していくことになりかねません。健全ではないような夫婦関係、親子関係、仲間との関係、職場の人間関係などでも、離れることができない、断ち切れないということがあるかもしれません。

【欲求不満のグループ】
 エニアグラムの9つのタイプはもちろん、どのタイプの人でもこういった欲求不満にかられることはあるかもしれませんが、とくに欲求不満のグループとしてあげられるのが、タイプ1・タイプ4・タイプ7です。

 タイプ1は理想主義的な人です。自分の理想があり、こうあるべきというスタンダード、基準があります。物事に対しての「これはこうあるべき」があり、自分自身に対しての「あるべき自分」があり、他者に対しても「あるべき姿」を求めます。当然ながら、それはタイプ1のなかの理想であって、現実は必ずしもそのような姿をしているわけではありません。そこで欲求不満が生じるわけです。

「欲求不満」はタイプ1の十八番と言ってもいいでしょう(笑)

 自分自身に要求するものがあり、正しくできていないことについて、自分自身を裁くでしょう。家族・結婚相手・子供・親・友達、周りの人に対しても、「あるべき姿」でないことにいら立ちを感じることがあるでしょう。そして、タイプ1は周りの者や人に対して「あるべき」姿であることを要求するでしょう。健全度が下がるほど、批判がましく、文句が多くなっていきます。

 しかし、だからといって、対象との関係を断ち切るわけではありません。むしろ、文句を言いつつ関わろうとするので、タイプ1が関わろうとする対象、つまり相手からすれば、あまり健全度の高くないタイプ1が近づいてくるのを見ると、「また何か文句を言われそうだ」と思うかもしれません。自らが欲求不満を感じ、その欲求不満から他者に関わろうとすると、相手の方も欲求不満を植え付けられることになるでしょう。

 タイプ4の欲求不満は、自分の周りのすべてがなにか違う。自分のセンスや美意識を満たしてくれない。理想と違う、思い描いた世界とは違うと、自分にとってしっくりこないところにあります。自分の周りにあるものや人びとすべてが、自分の求めているものとは違うし、自分は誰からも理解されない感じ。悲しい、憂鬱。
 「あなたなんかにわたしのことが理解できるはずがないわ」「あなたはそんな人でなはいと思っていた」「そんなひとではないはず」。それでいながら、理解されたい、この世界の美しさを味わいたいといった気持ちがあるのでしょう。健全度が下がるにつれ、「誰もわかってくれない」「この世界は絶望的」と言いながら、それでも、完全に人との関係や世界との関係を断ち切ることはできないのかもしれません。孤独を愛するといいながらも、完全な孤独を求めているわけではありません。

 タイプ7は9つのタイプのなかでもっとも楽天的で活動的な人です。タイプ7の欲求不満は欲しいものが手に入らない感じです。だから、あれも、これもを求める。人間関係もいろんな人と親しくなる。タイプ7にとっては、理想を求めているということになります。けれども、いつまでたっても満たされた感じがしない。だから、ますます求める。自らのエネルギーを動員して「理想」に向かっていこうとするわけです。新しいもの、新しい体験、新しく知り合った人との関係など。健全度が下がるほど、満たされることなく求め続けることになります。

欲求不満のタイプは、どのタイプも相手に対して、欲求不満を植え付けることになります。




【拒絶のグループ】

【拒絶】:拒絶のタイプは、拒絶から関係性に向かうことになります。拒絶反応はもはや必要性を感じることができないという圧倒的な痛みからきています。求めるものが満たされることはないという孤立の痛みがあります。その痛みから、自らを守るために、自らが拒絶します。

 エニアグラムの9つのタイプはもちろん、どのタイプの人でもこういった拒絶はあるかもしれませんが、とくに拒絶のグループとしてあげられるのが、タイプ2・タイプ5・タイプ8です。

 なかでも、タイプ5とタイプ8は人とつながりにくい感じがするでしょう。タイプ5は他人や外の世界から自分自身を切り離し、自らの内面にある世界に引きこもる傾向があります。多くを求めず、自給自足的な生活を好み、人との交流もそれほど求めません。健全度が下がるほど、現実の世界から遊離します。

 タイプ8は自立的な人です。何事も自分の力でやっていこうとします。タイプ8は他の人を拒絶します。積極的に拒絶し、他者との境界を維持します。そうすることによって自主性を守るわけです。初めから、つながりが経たれているという感覚が水面下にあります。一人でやっていくしかない、誰も助けてくれないと思い、幼いころから自立心をはぐくんできました。
 タイプ8は他者も周りの状況も拒絶し、現実をコントロールしようとします。大人になってからも、自分から人と関わることはあまりしません。拒絶されたときの痛みを感じることを恐れているからです。
 しかし、タイプ8はエネルギッシュで自己主張的なタイプでもあるため、ナイーブな傷つくことへの恐れは表には現れず、他者からはわかりにくいものです。健全度が下がるほど、タイプ8は人と関わることが難しくなります。

 タイプ5は人に求めません。人との関りから引くところがあるので、タイプ5と関わろうとする人は、自分自身が拒絶されたように感じることがあるでしょう。タイプ5は自分自身のニーズを拒絶し、他者や外部の現実を拒絶します。そうして、孤独で孤立したところにいるわけです。タイプ5の内的世界は、けっしてユートピアではありません。自然や宇宙の不可知で恐ろしい世界、生き物同士が戦い、未知のものがうごめく恐怖に満ちた世界があるかもしれません。世界は恐怖に満ちている。健全度が下がると、タイプ5は現実から遊離し、世界を拒絶するのです。
 
 さて、タイプ2ですが、「人を助ける人」と呼ばれるタイプ2が拒絶のタイプというのはわかりにくいかもしれません。タイプ2の人は他者との気持ちの通い合う関係を求めています。自分から親切に人に近づくタイプでもあります。そのような人が拒絶のタイプであるというのは、どういうことでしょうか。

 タイプ2は拒絶とは正反対のことをしているように見えます。なので、タイプ2が拒絶?と意外に思う人もいるでしょう。タイプ2は人と一緒にいたいし、愛し愛される世界を求めているわけです。タイプ2が痛みから逃れるために拒絶するのは、自分自身です。
 タイプ2は自分自身を、自分自身の必要や自分の弱さを拒絶しているのです。「わたしはいいから、あなたどうぞ」「わたしはだいじょうぶ」というふうに。自分は何も必要としていない。人の助けや人の世話など必要としていない。自分はむしろ、周りの人の必要を満たしてあげられる存在だ。いい人でなければ、思いやりがあり、人に親切にし、人から必要とされる人でなければ、受け入れられないという思いが水面下にあるのでしょう。

 ときに、タイプ2の人で、人には親切で大変に気前のいい人が、自らは他者から受け取ることを頑なに拒否するという姿を目にすることがあります。本人はそれを「遠慮」という言葉に置き換えています。

 拒絶のタイプについて、あるいは私たちのうちなる拒絶の傾向について言えることは、私たちが自分自身の一部、能力の一部、他の人、現実の一部を拒絶している限り、創造的にはなれないということです。自らの全体性とのつながりをとりもどし、世界とつながるには拒絶を停止しなければなりません。関わる勇気が必要です。

 対象関係を理解することは、私たちが自らの全体性をとりもどすためのワークの前提となるものです。

 次回6月12日のエニアグラムオンラインサロンでは、わたしたちが一体化した世界から切り離されたところからくる、根源的な恐れと欲求について、9つのタイプの特徴を見ていくことにしましょう。9つのストレスポイントについても説明します。

 

<お知らせ>

 6月7月のオンラインサロンテーマ

 6月12日 根源的恐れ 恐れと欲求 9つのストレスポイント
 6月26日 エニアタイプと身体性について
 7月10日 エニアグラムを語る会オンライン
 7月24日 自己愛と9つの愛について

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