2019年5月4日(土)
性格の内向性・外向性とエニアタイプについてー2
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 内向型の外向性・外向型の内向性について 2人の若者の例

 ユングによれば、どんな人間も純粋に内向的、純粋に外向的ではなく、「内向型にあっては外向性が心のどこか奥の方に未発達の状態で眠っており、また外向型にあっては内向性が同様な状態で眠っている」と考えられて今す。

 ユングはこのことについて、『無意識の心理』のなかで、二人の若者が一緒に山野を歩いていて、美しい城にやってきたときの譬えを用いて語っています。いくらか脚色しながら、語ってみたいと思います。

 二人の若者とは外向型と内向型の若者です。彼らは美しい城の前までやってきたときに、城の内部を見たいと思います。内向型の若者がそう言うと、外向型の若者は「入って行こう」と言います。内向型の若者は躊躇します。内向型の若者はこのとき、入っていくことは禁じられているのではないかとか、なかに猛犬がいるのではないかといったことをぼんやり思い浮かべています。

 外向型の若者は中に入っていこうとします。外向型の若者は誰かいれば「聞いてみればいいじゃないか」と内向型の若者に言います。彼はこのとき、何か面白ことがあるのではないか、誰かと出会うのではないかとか、ロマンチックな冒険のことなどぼんやり考えているのです。

 そうして、外向型の楽天主義に頼って、二人は城のなかに入り込みます。城の内部は古文書蒐集の部屋がいくつかあるばかりで、これといって変わった様子はありませんでした。内向型の若者は嬉々とし始めます。それは彼の興味を引くものでした。管理人がやってきて、よかったら展示物について説明しましょうと言います。

 内向型の若者は、管理人からいろんな話を聞こうとし、じっさいいろんな質問をします。この時、内向型の物おじする態度は失われています。

 他方、外向型の若者はというと、だんだん退屈になり、あくびが出始めています。なぜなら、ここは退屈な古文書を集めた図書館のようなもの。古文書なら、わざわざこんなところまでこなくてもよかったのにと思うのです。彼はなんとなく気が滅入ってきて、消極的になってきました。

 内向型の若者は「すばらしいじゃないか」と言うのですが、外向型の若者は「退屈で死にそうだ」と思います。内向型の若者は「こんなやつとはもう一緒に旅行はしないぞ」と思う一方、外向型の若者は内向型の若者に対して「こいつはエゴイストだ、自分の興味のためならこんないい天気の日をむだにして」と心の中で思うのでした。


 この話をあなたならどうとらえるでしょうか。もし、あなたが外向型であれば、じっさい外向型の若者のような行動をとるかもしれません。外向型のあなたは、もし城の外で賑わいがあり、何か催しが行われているのに気付けは、早く外に出たいと思うかもしれません。

 内向型であれば、この例のように古文書に限らず、何かあなたの興味をひくものが城の中にあったとしたら、内向型の若者のような行動をとっているのではないでしょうか。また、城の外で大勢の人が集まり、何かの催しが行われていたとしても、にぎやかなところにはあまり近づきたくないと思うかもしれません。

 ユングはこの話で、内向型が外向型となり、外向型が内向型となったところを示したわけですが、「内向型の外向性は外向型の外向性とは違うものであり、外向型の内向性は内向型の内向性とは違うものである」と述べています。




 エニアタイプと内向性・外向性について

 エニアタイプで明らかに外向型と考えられるのは、タイプ3、タイプ7、タイプ8です。なかでも、タイプ7は最も外向的と言えるでしょう。外向的かつ社交的です。
 
 エニアタイプで明らかに内向型と考えられるのは、タイプ4、タイプ5、タイプ9です。なかでも、タイプ5は最も内向的であり、先の二人の若者の内向型の行動と心理に近いところがあるように思えます。

 エニアグラムでは内向型・外向型という分類はしません。上の外向型にあたるタイプ、タイプ3、タイプ7、タイプ8は、ホーナイの三つ組み(ホーネビアングループ)の中で、「自己主張型」と名付けられています(リソ&ハドソン)。対人態度の側面から見て、「人に向かっていく」タイプです。意識的な自我の境界線が、外界に向かっても、自己の内面に向かっても、はっきりしているタイプです。

 内向型にあたるタイプ4・5・9はホーナイの三つ組みのとらえ方では、「遊離型」と呼ばれるグループです。遊離(withdraw )は「引き下がる」「引きこもる」で、外界から退き、自己の内面に引きこもるという意味ですが、「引きこもる」という言葉が、世の中でよく使われている「ひきこもり」を連想させるところから、どちらかというとネガティブにとらえられる可能性があるので、遊離タイプと呼んだほうがいいでしょう。

 9タイプのうち、残りの3タイプ、タイプ1・2・6は追従型ですが、追従(compliant)の日本語が、ついしょうとか迎合的な意味に受け取られることが多いので、協調型と呼んだ方がよいでしょう。調和型と呼んでいる人もいますが、筆者は協調型という日本語の方がより適切なのではないかと思っています。

 これらのタイプの中で、タイプ2は明らかに外向型と言えるでしょう。タイプ1の場合は内なる声に従いますが、その基準は外界の基準と合致しているところがあり、内向‐外向の中間あたりと言ってもいいかもしれません。タイプ6においても、内面に取り込んでいるのは外界の基準であり、内向‐外向の中間あたりと見てよいかと思います。

 ※関連記事→性格の類型について3 内向型・外向型

 エニアグラムでは各タイプの内面は動的なものととらえられています。それぞれのタイプにおいて、内向性・外向性がどのように表現されているかは、エニアグラム図の内側にある線の結びつきから見て取ることができます。
各タイプの統合と分裂の方向を参考にしてください。

 ※関連記事→統合の方向・分裂の方向-1 
 ※関連記事→統合の方向・分裂の方向-2

 では、ここでユングの時代から離れて、現代の外向型・内向型の態度として、次にSNSの使い方などに見られる例を挙げてみたいと思います。




 自分自身の姿と行動をアピールする外向型・えんえんと自分語りを続ける内向型

 ユングは内向型の無意識の中には外向型が潜んでおり、外向型の無意識の中には内向型が隠れていると考えました。つまり、内向型における「外向性」、外向型における「内向性」があるということです。

 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の中でも、実名で登録する必要のあるFacebookでは、外向型の人の特徴がはっきり見て取れます。アップで掲載する顔写真のほかに、日々の活動についての写真や動画による報告にも、つねに自分自身の姿が映し出されています。活動的であることが、本人にとっては、きわめてポジティブにとらえられています。

 それがときに、見る者には「ひけらかし」のように受け止められ、「SNS疲れ」という言葉を生むことになりました。他人の外向的な姿を目にして引いてしまうのは、見る側がいくらか内向しているときだと言えるでしょう。もとより、内向的な人であれば、初めからそういうものは見たくないかもしれません。また、Facebookは内向型が好んで利用するツールではないのかもしれません。あるいは、登録はしてあるものの、あまり活発に利用していないか、自らの活動をきわめて近い友人同士に制限しているのかもしれません。

 その一方、アカウント名やユーザー名は自分の好きなように名乗れるTwitterでは、生身の自分が前面に出なくてもコミュニケーションが可能なので、これは内向型にとって使いやすいツールです。Twitterには写真や動画も掲載できますが、文字通り「つぶやき」で、基本的には短文からなる文字情報です。リアルな自分が前面に出なくても、自分と共通の趣味や活動をしている人とつながり、共通の世界観や考え方をする人とコミュニケーションを図ることができます。このTwitterの使い方に、内向的な人の外向性が表れています。

 内向型の人でも、つねに内向しているわけではなく、意識下の外向性がこういったツールを利用することで表面化するわけです。

 内向型の自分語りはときにえんえんと続きます。悩みをつづっても、その悩みを本気で解決しようとしているのかどうかわかりません。それは誰かに読まれることを想定しているはずです。内向型のいつ果てるとも知れない自分語りのなかには、内向型の内向性の特徴と同時に内向型の内なる外向性の両面が見て取れます。

 内向型のTwitter内でのつぶやきは、ときにきわめて辛辣な意見や攻撃的な発言になることがあります。それは直接生身の相手と向かい合うことがないからこそ、できることであるとも言えます。匿名の相手とのやり取りがあまりにもストレスフルになると、そこで一方的にブロックし自己のうちに退却することもできます。。

 外向型と比べて、内向型は内的な洞察が深いと言えます。内面が成熟しており、豊かな表現力を持つ人や思考力を持つ人もいます。けれども、その一方で、外向的な面が未熟であるために、他者への配慮ができず、自分は引いたところにいるままに、強い言葉で人を中傷するようなこともありえるわけです。SNS上ではきわめて辛辣なことを言い、攻撃的な言葉を発する人で、じっさいに会ってみたら、人と目を合わすのもなかなかできないような内気な感じの人であったということは大いにありえます。
 
 他方、Facebookでは、つながりのある相手はリアルな関係に近いため、あまり辛辣なことは書きにくいものです。外向型はリアルな人間関係で顰蹙を買いそうなことを、SNS上に書くことはあまりありません。それが外向型の現実への適応の仕方です。

 外向型においては内向的な面が未熟であるため、自己洞察や内面について物語る文章、粘り強く綿密な論理を展開する文章などはあまり得意とするところではありません。外向型の表現には「深みがない」わけです。外向型がSNS上に掲げている文章など、いかにも気の利いた文章を掲載しているときは、自分の言葉ではなく、たいていどこかからの引用だったりするものです。

 エニアタイプでいえば、Facebookを自己PRの道具として使う外向型のタイプ3、Twitterで自分語りを続ける内向型のタイプ4、タイプ9、マイワールドを展開するタイプ5など…。

 上に書いたことはすべての内向型・外向型の個々人に当てはまるわけではありませんが、共通の傾向としてみられるものであることはたしかです。タイプ論としてお読みいただければ幸いです。

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