2018年9月25日(火)
エニアグラムをめぐる随想 その1 精神世界
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書店の本棚に現れた精神世界


1990年代半ばの記憶
 1990年代半ば、年の瀬も押し詰まったころ。筆者は東京渋谷の大盛堂書店の書棚の前に立っていました。大盛堂書店は紀伊国屋書店と並ぶ大きな本屋でした。大盛堂書店の店員のレベルはとても高く、各階でどんな専門書について尋ねても、タイトルか著者名を言えば、ときにはうろ覚えであっても、どの棚にあるかすぐに案内してくれたものです。

 当時は本を買うのは書店で、でした。書店に出かけるのは、とくに目的がなくても、そこに行けば何か見つかるという期待がありました。Webで検索して本を買うのは、自分の目的があってその周辺のものしか目につきませんが、書店で本を買い求めるのは何か、自分が目的とするものとは違ったものに出会う可能性もあったのです。

 本屋に行くことは、知の冒険でもあり、新しい出会いのための入り口に立つことでもあったと思います。

 筆者はそのころ、フリーランスのライターとして、雑誌に健康関連やメンタルヘルス、ポピュラーサイエンスのジャンルでの心理学記事などを執筆していました。その流れで、求人情報誌の適職・転職に関する記事などの依頼を受けることもあり、心理学の専門家に取材したり、独学で人の性格や適性について学び、自己診断テストの制作なども行っていました。

 心理学者の先生の監修のもとに、自己診断テストの単行本を出版したことがきっかけで、女性誌をはじめ雑誌媒体で自己診断テストを作ってほしいという依頼を受けるようになっていました。

 今でいう「心理テスト」ですが、当時、筆者は「心理テスト」という言い方はあまりうれしくないと感じていました。アカデミックな心理学の分野に、まさに「心理テスト」というものがあります。

 しかし、雑誌の読者などが求めるものは、エンターテイメント系の自己診断テストです。それはきちんと区別されている方がいいわけで、「心理ゲーム」と呼ぶべきだと思っていましたが、いつのまにかエンタメ系自己診断が「心理テスト」という呼び方で定着してしまったわけです。
 
 仕事の依頼が増えるに従い、筆者は人間の性格や心理についての自分の知識や理解が追いついていかないように感じ、何か新しく学びなおすべきではないかと考えていました。

 けれども、人間について、いったい何を学べばいいのか、適当なものがなかなか見つからなかったのです。書店では、学生時代の専攻が哲学であったことからも、心理学よりはともすると哲学書の方に興味が惹かれました。

 でも、それでは目的のものがみつけられない。書店の本棚に並ぶ書籍をあれこれ、手に取りながら、探しているものの的が絞れないでいました。

 人の性格タイプに関する理論と言えば、心理学の分野ではクレッチマーの三類型、あるいはゴールドバーグのパーソナリティの5因子論か。といっても、筆者の興味が向かっている先はそういうことではなく、また心理学者でない筆者に求められている仕事はそういうものを指標としたものではなかったのです。

 そのころ、書店の本棚には心理学と哲学の間、またはその近隣に「精神世界」というコーナーが設けられるようになっていました。筆者は「精神世界」というジャンルをいくぶんあやしい感じのものと受け止めていました。

 1995年、オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした年です。それまでに教祖麻原彰晃の瞑想状態での「空中浮遊」を雑誌記事に取り上げていたところもあるのです。「精神世界」ブームはそういう危ういところともリンクしていました。

 が、その日、筆者が手に取ることになった書籍は、哲学と心理学と精神世界に挟まれたところにある本だったのです。精神世界に一番近い場所に置かれていたかと思います。

 その本こそ、ドン・リチャード・リソ『性格のタイプ』(邦訳 春秋社)だったのです。邦題がまさしく「性格のタイプ」だったため、筆者はその本を手に取りました。大変、分厚い本です。

 しかし、当時リソの名はまだ知られておらず、何者なのかまったくわかりません。伝統的、ないしはアカデミックな哲学や心理学のジャンルに位置する思想家ではなさそうです。

 いったい、この本は、この本の著者は信頼できるのか、そこがよくわかりませんでしたが、書店でパラパラと目を通したその本の中には、探していたものはこれかもしれないという予感を感じさせるものがありました。

 けれども、その本は通常の書籍よりはるかに分厚く、誰でもが軽く手に取るにはちょっと躊躇する値段(本の値段としては)だったため、またこの本のなかにも表紙カバーにも描かれた円形のシンボル図形が何なのかわからず、若干あやしい気配もしたため、筆者はリソの本を本棚にもどし、書店を引き上げることにしたのです。

※筆者(エニアグラムアソシエイツの主宰者中嶋真澄です。エニアグラムをめぐる随想はこのあともすべて中嶋の個人的体験を記述しています)

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