◆エニアグラムの来歴

エニアグラム(Enneagram)の「エニア(ennea)」はギリシャ語で数字の「9」を「グラム(gram)」は図を意味し、円周上に9つの点を持つ図形のことをさしています。

この図は20世紀初頭にロシアはコーカサス地方出身の神秘思想家G.I.グルジェフによって発見されたものだと伝えられています。

グルジェフはこの図をアフリカから中近東のどこかで発見したと述べています。グルジェフは古代に発達したが現代(グルジェフの生きた時代]には失われてしまった知恵の体系があり、それがアフリカ、やエジプト、シリアといった古代文明が栄えた地に隠され、残されているのではないかと考えたようです。

そして、人里離れた砂漠か荒野の奥地の修道院で、その図を発見したと言われています。
しかし、グルジェフ以前に、エニアグラム図はいかなる文献にも登場せず、正確なルーツはわかっていません。

エニアグラム図をヨーロッパに持ち帰ったグルジェフは、彼がスクールと呼んでいた知恵の探求を行っているグループのなかで、この図に込められている宇宙の法則について教えたようです。

もっとも、グルジェフはこの図と現代一般に流布している9つの性格タイプの関連については、何も述べていません。

エニアグラム図と9つの性格タイプの関連について、最初に言及したのは南米ボリビア生まれの神秘思想家オスカー・イチャーゾです。イチャーゾはグルジェフによって、西欧社会にもたらされたこの図をもとに、人間の感情的傾向を分析し、9つのパターンに当てはめました。

グルジェフは東方に伝わったキリスト教の神秘主義やイスラムの神秘教団スーフィーの思想によく通じていたようです。キリスト教の修道士やスーフィー教団の人々は、神に近づくために、霊的(スピリチュアル)な生き方を求め、厳しい修業を行いました。

イチャーゾも神秘思想家ですが、どこまでがグルジェフの思想の影響を受け、どこからがイチャーゾ独自の思想なのかということは、はっきりわかりません。

いずれにせよ、エニアグラム図と9つのパーソナリティの関連は、グルジェフが西欧社会にもたらした図に、イチャーゾが何らかのインスピレーションを得て配置したものだと考えられています。

さて、イチャーゾのエニアグラムは、クラウディオ・ナランホによって北米の人々に伝えられることになります。ナランホはチリ人で、一方では神秘主義的思想に深い理解がありながら、一方では現代心理学、精神医学に精通した専門家でもありました。

ナランホはチリでイチャーゾのエニアグラムを知り、一時期、イチャーゾの弟子でもあったようですが、その後、イチャーゾの直感的なエニアグラムを、自身の心理学。精神医学の知識と経験を生かして、性格と神経症の関連などから統合的にとらえ、北米の自宅で勉強会を行うようになりました。

そこに集まった人のなかには、心理学者やカトリックのイエズス会の人々もいたようです。

当時、北米では西欧的合理主義の行き詰まりを感じた人々が、これまで彼らが非合理としてきた、東洋的な思想、仏教や禅、道教、また、先のイスラムの神秘主義であるスーフィーの教えなどに関心を持ち始めていた時代です。

そのような時代背景のもとに、ナランホによって統合的にとらえられたパーソナリティのシステムは、彼のもとに集まった北米の人々に強いインパクトを与えました。ナランホはエニアグラムのシステムが、心理-スピリチュアル(霊性的)な成長と変容に、非常に有効なシステムであることを理解し、それが不用意に人々に伝わることを避けるために、彼のもとに集まった人々には、そのシステムについて口外しないようにと約束をとりつけていたそうです。

しかし、エニアグラムのシステムはあまりにも画期的なものであったために、瞬く間に人々の間に伝わっていきました。

イエズス会の修道士たちは、霊的な修業のためにエニアグラムを応用しました。彼らは本を書き、その本が一般に読まれるようにもなりました。イエズス会というのは、16世紀スペインのイグナチオ・ロヨラが創設したカトリックの修道会で、主に青少年のキリスト教的教育を使命に、各国に宣教師を派遣し、学校を創設しています。

米国エニアグラム研究所の創設者ドン・R・リソも、イエズス会にいたときにエニアグラムと出会ったようです。リソはエニアグラムの研究と指導を自らのミッションとし、理論的にも洗練された体系付けを行っています。

エニアグラムは1970年代アメリカで、瞬く間に一般の人々の間に流布していきます。主に自己成長や自己実現のための道具として用いられるようになりました。いわゆる自己啓発のための有効なツールとみなされるようになったのです。

そして、性格タイプのエニアグラムに関する本も数多く出版されるようになりました。

日本には1980年代、鈴木秀子氏によって紹介され、イエズス会の著者らによる本の翻訳が出るにあたり、鈴木氏の指導のもとにエニアグラムを学ぶ人々が集まり、日本エニアグラム学会が創設されました。

その後、鈴木氏は日本エニアグラム学会を離れ、日本でのエニアグラムの浸透とともに、エニアグラムを学ぶグループや団体も多様化していきました。

エニアグラムアソシエイツは、当初日本エニアグラム学会の理事であった3名のものが方向性の違いから、組織としての枠組みの中ではなく、縦の関係を排した横の関係を重視する仲間(アソシエイツ)として、エニアグラムを学ぶ会を作っていこうということで始めた任意団体です。